稀勢の里の全取組の記録です。

時系列的に過去から昇順で記載します。

スマホの場合は画面を横にして見てね♪♪


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初土俵から新入幕まで


萩原少年(現・稀勢の里)は、中学を卒業して、稽古が厳しい鳴門部屋(横綱・隆の里)に入門します。

入門当時、萩原少年は184cm、132キロでした。

中学卒の体型としては、驚くほどの巨漢ですね(^_-)

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萩原(四股名)は、2002年5月場所、東序の口26枚目から相撲人生を開始します。

順調に番付を上げ、2003年5月場所(東三段目37枚目)では7勝全勝となりますが、決定戦で負け、優勝を逃します。

このとき、当時、横綱に昇進したばかりの朝青龍から、「(悔しいという)その気持ちがあれば、お前は強くなる」と慰められました。

なお、十両昇進は、同じく中学卒業で角界入りした貴花田(横綱・貴乃花)に次ぐ2番目の早さで達成します。17歳9ヶ月でした。

十両は、同時に十両昇進を果たした琴欧洲、豊ノ島に1場所後れを取りますが、それでも、3場所で通過し、2004年11月場所には新入幕を果たします。





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新入幕から大関になるまで

 

2004年11月に新入幕を果たした萩原は、四股名を「稀勢の里」に変えます。

十両昇進は貴花田(横綱・貴乃花)に次ぐ史上2番目の早さでしたが、新入幕も貴花田に次ぐ2番目の記録でした。

18歳3ヶ月です。

なお、以下の表で対戦相手が朱色になっているのは、当該力士がその場所の幕内優勝者であることを示しています。

 




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新大関から初優勝するまで

 

稀勢の里、初土俵が同じだった把瑠都に大関昇進も初優勝も先にやられてしまいます。

また、横綱昇進については、稀勢の里から遅れること2場所後に大関になった鶴竜にも初優勝&横綱昇進を先にやられてしまいます。

そして、大関時代の31場所中、11度の幕内優勝次点になるも、今ひとつのところでずっと優勝を逃していました。

それでも、

  • 2013年には優勝次点4場所
  • 2014年には優勝次点1場所
  • 2015年には優勝次点2場所
  • 2016年には優勝次点4場所

と着実に力を付けてきました。

それが、2017年初場所で花開いたわけです♪